四人の妻/人生で大切にすべきこと



むかしむかしのお話。

ある砂漠の国の首長ディヤーブは、この世で一番賢いと噂される男が街にやって来たと耳にした。

その男は身分の低い農民ではあったが、彼は、その男にとても興味をかきたてられた。

その男は、世界でもっとも豪華な建造物だと噂されるこの宮殿にたどり着くためだけに、嵐や干ばつ、乾ききった砂漠という大きな危険と困難に耐え、何年もかけて、数千キロの道のりを旅して来たのだという。

乱暴者としても有名な首長ディヤーブは、すぐにその男を自分の前へ連れてくるように命じた。

この旅人の聡明さが、高慢であるが雄弁な、自分の相談役たちより優れているかを試すことにしたのだ。

宮殿の衛兵は、すぐに貧民街で、男を見つけ、鎖でつなぎ、乱暴に首長の前に突き出した。

首長は傲慢に言い放った「わが国の民は、お前のことを、この世で一番聡明であり、偉大な首長である私が重用する相談役の面々よりも、お前の方が優れていると噂している。わが相談役は、知識を手にするために生涯を費やしているが、お前は、この者たちより自分が賢いと思うか?そうであればその証拠を示せ。さもなくば耐え難い罰をお前に与えよう。」

汚れほつれた服をまとった農民は、臆することなく大胆に立ち上がり、そこに居あわせた全員を驚かせた。

宮殿の習わしでは、首長が立ち上がるように命じるまでは、平伏したままでいなければならなかった、そのため衛兵たちは慌てて、農民を押さえつけようと駆け出した。

しかし首長ディヤーブは、激しい怒りで顔を真っ赤にしながらも衛兵を追い払い、冷たく言い放った。「農民よ、話すが良い。この世で最後の言葉にならぬようにな。」

農民は、気にする様子もなく、まるで、もっとも大切な望みを叶えることができる権力者であるかのように、ゆっくりと周りを見回し、首長の目を見つめながら語り始めた・・・。

はるか昔のことですが、多くの商人と大金持ちが住む国に、ある首長がおりました。

彼は、世界でもっとも裕福な首長であり、他国の支配者たちも、豪華な宮殿と彼を取り巻く美しき品々を一目見たいと切望したと言います。

首長には、4人の妻がおり満ち足りた幸せな暮らしを送っておりました。

いづれの妻とも、法に厳格にしたがった結婚をしていましたが、4人全員を平等にあつかい、妻たちにふさわしい心づかいと、深い愛情を示すという約束は守られていませんでした。

その首長は第4夫人のシーリーンを誰よりも愛し、彼女の身を極上の衣装と宝石で飾り立てていました。首長はシーリーンを最高のごちそうでもてなし、望むものは何でも与え、彼女のあらゆる望みと気まぐれを常に満たすように奴隷たちに命じていました。シーリーンは話し上手で、ウィットとユーモアに富み、強大な王国を統治する首長の重荷を和らげていました。

第3夫人も、第4夫人と、ほぼ同じように愛されており、近隣の王国からの来客の際には、いつも第3夫人であるイバーを見せびらかし、羨望を浴びていました。イバーは世界でもっとも美しい女性だと言われており、彼女の姿、優雅さ、笑い声、穏やかな人当たりは、あらゆる男性を虜にしました。しかし首長は、他国の彼の宿敵がイバーを手に入れるために、莫大な報奨金をかけたことを知ったため、いつの日か美しいイバーが、自分のもとを去っていくのではないかと恐れていました。

首長は、第2夫人のことも愛していました。彼女はもっとも親しく、どんなことでも話すことができる妻であり、いつも首長に対して、優しく思いやりがあり、忍耐強く彼を受け入れてくれました。第2夫人の名前はウィダードと言いました。首長は、窮地におちいった際は、いつでも彼女に打ち明け、ウィダードは、首長が賢明な決断を下せるように助けてくれました。彼女は財政問題に関しても手腕を発揮し、王国の領主たちが示す忠誠に対して、報奨金を払うことができたのもウィダードのおかげでした。

しかし、首長の第1夫人のアーティカは、4人の妻の中でもっとも忠実でした。首長の健康と心の安らぎを守り、王国を維持するためにアーティカは、大いに貢献していましたが、第4夫人シーリーンの持っているようなウィットとユーモアはありませんでした。第3夫人イバーのような、男性を虜にするような美しさもありません。またアーティカには、第2夫人ウィダードのような金銭的な才覚も手腕もありませんでした。自分の成功に役立っていることは分かっていましたが、首長はアーティカを愛していませんでした。いつも自分のすぐそばに付き従っているアーティカの存在に気づくことが、ほとんどありませんでした。それでも、アーティカは首長を深く愛し、昼も夜も、忠実に首長に仕えておりました。しかし、アーティカは、どれほど忠実であっても奴隷同然の扱いを受け、相談役たちからも公然と嘲られていました。

ある日のこと、この世界でもっとも裕福な首長は重い病に倒れました。残された命もわずか、人生の贅沢も喜びも間も無く失うことを知り、彼は独りつぶやきました。「私には4人の妻がいて、皆がうらやむような喜びに満ちた暮らしもある。しかし、死ぬときは独りきりだ・・・。この世にいられる時間はもうわずかしかない。そうだ、最愛の第4夫人シーリーンと話そう。きっとシーリーンなら、私と永遠に一緒にいることを望むだろう。」

そこで首長は、第4夫人を呼び、言いました。「愛しのシーリーンよ。私は誰よりもお前を愛し、最高の衣装や宝石を与え、いつも大切にしてきた。私は死を迎えようとしているが、私に付き添って、一緒にいてくれないだろうか。」

シーリーンは答えました。「閣下、それはできません。あなたは年老いたのですから、独りで逝かなければなりません。私は、まだ若く、今まで、あなたを愛してきた以上に、生きることを愛しています。あなたが亡くなったら、この国の宰相と結婚いたします。」 首長が返事もできぬほどショックを受けたことに気づきましたが、第4夫人は、それ以上何も話さず背を向けて立ち去りました。持てる富をつぎ込み、心を込めて大切にしてきた妻でしたが、彼女は、あの世まで一緒にいる覚悟などしていなかった事を知り、首長の心は悲しみで張り裂けそうでした。

しかし、第3夫人の愛しいイバーなら、きっと自分に付き添い、その美しさであの世を明るく照らしてくれるだろうと考えました。悲しみにくれる首長は、第3夫人のイバーを呼び、言いました。「愛しいイバーよ。私は生涯おまえを愛し続け、おまえの美しさをたたえ、その美を飾り立て、世界で一番魅力的な女性にした。私は死を迎えようとしているが、私に付き添って、一緒にいてもらえないだろうか。」 イバーは答えました「いいえ、閣下。人生はあまりにも素晴らしすぎます。それを終わらせる事などできるでしょうか。あなたが亡くなったら、私はあなたの宿敵であった方と結婚し他国にまいります。その方は、私を貧困から守り、あなたが与えてくれた豪華な暮らしを、同じように保障すると申し出てくれました。」 イバーが去り、首長の心は絶望の底に沈みました。

今や自暴自棄になり、首長は第2夫人のウィダードを呼び、言いました。「愛しいウィダードよ。私はいつもあなたに向き合い、助けを求めた。あなたはいつもそばにいて、正しい助言をしてくれた。私が亡くなっても、私に付き添い、一緒にいてくれないだろうか。」 ウィダードは答えました。「いいえ、閣下。あなたがお墓に行くまではお助けしますが、それ以上はできません。」そう言って立ち去ってしまいました。ウィダードの返事はまさに青天の霹靂であり、もはや同行者は死神しかいないと思えるほど、首長は打ちのめされました。

その時、声が聞こえました。「閣下、あなたがどこへ行こうとも、私はあなたと一緒に旅立ちます。」首長は、見下ろしました。そこには第1夫人のアーティカがおり、首長の足に香油を塗っていました。栄養不良と大切にされなかった事で、アーティカは痩せ細ったうえ、首長の気まぐれや移り気にいつも頭を下げていたので、腰が曲がっていました。大きな悲嘆に暮れて首長は言いました。「大切なアーティカ、愛しい第1夫人よ、もっとおまえを大切にすればよかった。その機会はあったのに。4人の妻の中で、私のことを本当に愛してくれたのはおまえだけだ。この運命の時が訪れる前に、その事に気がつけばよかったのに・・・。」

農民の話を聞き、広間は驚くほどの静寂に包まれてた。そして男は、話を付け加えた。

閣下、確かに彼はこの事実に気づいておくべきでした。そしてまた、私たちの誰もが、気づいておくべきなのです。

男は、大広間全体をじっと見つめ、大勢の人に話し続けたが、その口調は大胆なものに変わっていた。

ここに集う真理の道を歩む者たちよ。実のところ、我々は皆、人生において4人の妻を娶っている。第4の夫人は、我々の肉体である。肉体が最高の状態に見えるように、どれほど多くの時間をかけ、労力を費やしても、死ぬ時に肉体は我々のもとを去っていく。

第3の夫人は、所有物、地位、富である。我々が死ぬと、これらは他者の手に渡る。我々の労働から利益を得ている者や、我々が誰であるかなど気にかけたことがない者に渡り、さらには、生涯の宿敵にさえ渡る場合もある。

第2の夫人は、家族と友人である。生前にどれだけ多くの時間を一緒に過ごしたとしても、遠いところまで来てくれたとしても、彼らがともにいられるのは、我々の墓前までである。

しかし第1夫人は・・・。

男は言葉を切ると、鋭い視線で、室内にいる全ての人を見回した。

第1の夫人は、我々の魂である。富と権力と快楽を、この世で追い求めるあまり、魂は軽んじられることが多い。しかし魂は、我々がどこに行こうとも、我々に付き従う唯一の存在であり、我々が持つことのできるたった一人の真の道連れである。それゆえに、今すぐに自らの魂を養い、強くし、大切にせよ。魂は、未来永劫、常にあなたとともにいる自らの一部であるから。

農民の男が頭を下げて、首長ディヤーブの反応を待っている間、身じろぎする者も顔を上げる者も、一人もいません。しかし偉大な首長ディヤーブは無言のまま、悲しげに地面を見つめていた。暗たんたる思いが降り注ぎ、首長はまる2日間、玉座で農民が行ったことを考え続けた。

首長の客人の中には、この聡明な農民の言葉に深く心を打たれた者も多かった。彼らは、自らの魂を大切にしてこなかったことに悲しみと後悔を抱き、生まれ変わり、その場を立ち去った。

深慮深い言葉を放ったこの農民が、その後どうなったかを知るものはいない。そしてこの農民の姿をした男が、コルドバの賢者であったことに気づく者もいなかった。